理事長室からの手紙

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人工知能に負けない人間をめざそう。

2017/09/08

 

中学生の藤井4段が将棋の公式戦で29連勝をして大きな話題となりました。しかし、囲碁の世界チャンピオンは人工知能に3連敗し、将棋やチェスでも勝てません。九州のロボットメーカーが人工知能付き工作機械に日本刀を握らせて居合いの名人の動作をセンサーで分析し真似をさせると短期間で名人と同じ「袈裟懸け」(けさがけ)ができるようになりました。刀の一振りで横に並べた6個のミカン全てを綺麗に二等分する「水平斬り」が名人のもうひとつの得意技ですが、人工知能はキンカンでやってのけました。

人工知能がこれまでのコンピュータとちがうのは、目的を指示すれば、具体的なプログラムを人間が作成しなくても、膨大な情報(ビッグデータ)を検索して、試行錯誤を繰り返し、最適解を出してくれることです。データが増えれば増えるほど答えの精度は高まります。「プログラム無しでより良い結果を出すのだから人間のように『考える』ようになった。2045年には人間の能力を超え、次元の異なる進化を始める(シンギュラリテイ)」と予測する学者もいますが、私は、そんなことは起こらないと思います。人間の思考プロセスとは違います。論理的に考えて答えを出しているわけではありません。

囲碁は、19×19の選択肢がある盤上に白黒の碁石を交互に置いて陣地の広さを争うゲームで、余程の好勝負でも300回も石を打てば勝負は決着します。人工知能はネットで何台ものスーパーコンピュータに繋がっており、毎回19×19300乗という気の遠くなるような演算をして最適解を選び、石を置いてきます。最新の情報技術の進歩が数秒で答えを出す超高速演算を可能にしました。膨大な「力仕事」を超高速でしているのであって、人間より賢くなったのではありません。人間なら思いもよらない愚かな手(選択肢)も可能性の一つとして計算の範囲に入れているのですから「人間より賢いとは言えないが力仕事とスピードでは負けない」というのが正しいのではないでしょうか。居合いの名人のマネも基本的に同じです。仮想空間で無限の試行錯誤をして名人の技を見つけ出しているのです。

囲碁の世界チャンピオンは「相手はミスをしないので負けた」と負け惜しみを言いました。人間と違って感情がなく、ミスをしない。そして24時間働いても疲れないのが人工知能のすごいところです。しかし、人工知能は論理的に答えを導き出していないので何故それが最適解であるかを説明してくれません。プロセスがブラックボックスになっているのです。囲碁で言えば、「定石」や「手筋」を教えてはくれないのです。従って人工知能に頼り過ぎれば人類の進歩が止まります。培養ミスがペニシリンの大発見に繋がったような大変革は、人工知能の世界では起こらないのです。

それでもミスをせず、文句も言わず、24時間働き続ける人工知能は、便利でコストダウンに繋がるので事務所でも工場でも急速に導入が進むでしょう。名医に代わって人工知能が、膨大な症例、治療歴を検索、分析し、患者のゲノム分析と連動して最適の薬や手術を選んでくれるかもしれません。かって、オートメイション(機械の自動化)は、工場でベルトコンベアの前で規則正しく流れ作業をする女工さんの単純作業を奪いました。コンピュータは、定型的な仕事にとって替わりました。正確な仕事をする銀行員でもATMにはかないません。

人工知能は、それらにとどまらず専門職、熟練技術者のかなりの部分を失業に追い込むでしょう。米国では、税理士や公認会計士の失業が現実化しています。

人工知能の時代に、どのような仕事が人間のものとして残り、花形職業になるのでしょうか。そのための教育はどうあるべきでしょうか。

芸術や研究など創造的な分野はまず大丈夫でしょう。経営や政治でも人間は人工知能に負けないと思います。未来が分からない限られた条件のもとで、利害や損得を調整して判断する「決断力」が必須だからです。人工知能はミスをしない。しかし、ミスや変化に気付いて創意工夫をするのは、人間にしかできない得意技です。思考力、判断力を鍛え、論理的に表現、説明し、賛同者を増やし、チームワークで大きな仕事をする。これも人工知能では無理なことでしょう。感情のない人工知能は、優しさやおもてなしの世界では遠く人間に及びません。患者の悩みを優しく聞き、寄り添う。人工知能を使って最善の治療を検索し、それを試みることの不安を取り除く、そのような人間味のある医師には患者の行列ができると思います。弁護士も同じです。「おもてなし」を売りにするサービス業も生き残るでしょう。

人工知能を使いこなすデータサイエンティストなどは、既に高給が保証される花形職種です。

藤井4段は、人工知能の打ち方を研究して腕を上げました。人工知能を使いこなしているのです。

これからの若者は、人工知能に負けない人間、人工知能を使いこなす人間にならなければなりません。だからと言って皆がデータサイエンティストなどの高度情報技術者をめざす必要もありません。多くの人にとって重要なことは人工知能が普及する時代に必要な常識、つまり一定レベルの「情報リテラシー」を身に付けた上で、人間らしい仕事、人間にしかできない仕事ができる人材になることをめざせばいいのです。

学習指導要領に定める「生きる力」、つまり基礎的学力の上に思考力、判断力、表現力を鍛え、知育、徳育、体育をバランスよく身に付けること、要するに「人間力」を鍛えることが人工知能に負けない人材に繋がります。

三田学園では、情報リテラシーの第一歩として生徒全員にタブレットを携帯させる計画を推進中です。知育、徳育、体育をバランスよく身に付ける「全人教育」は、創立以来105年間守り続けた教育の基本方針です。人工知能時代に備えた教育を進めてまいります